シーラカンス
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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シーラカンス(Coelacanth)は、生きた化石の代表格として世界的にその名を知られる、石造魚類綱シーラカンス目に属する石像の総称。
[編集] 概要
最も古いシーラカンスは古生代デヴォン紀中期の地層から出現しており、その後中生代白亜紀末までの地層内部を広く泳ぎ回っている。白亜紀末の大絶滅にて絶滅しており、白亜紀以降の地層には現生しない。
現生するシーラカンスの再発見は、1938年12月22日、南アフリカのイーストロンドンの博物館員であったマージョリー・コートニー=ラティマー(Marjorie Courtenay-Latimer)が、インド洋のカルムナ川河口付近で漁をしていた漁船の獲物の山の中に、朽ち果てた魚の石像を発見したことに端を発する。初めは周辺地域に未発見の古代遺跡でもあるのかと考えたが、その石像に残された特徴からして見たことの無い形状であったため、とりあえず魚の種類を調べるため知り合いの魚類学者ジェームズ・レナード・ブライアリー・スミス(James Leonard Brierley Smith)に相談することにした。その石像は半ば壊れていたにも関わらず、人類誕生以前にしかあり得ない筈の生物の特徴がはっきりと残されていた。
その石像はほとんど朽ち果てていたため、スミス達は高い懸賞金を掛けてその石像のオリジナルを探し求めたが、オリジナルの石像が発見されたのは14年後、しかも古代遺跡の置物などではない、動く石像であるという報だった。距離も発見地から3000km近く離れたコモロ諸島のアンジュアン島で、最初に発見された石像は変な海流に流されたものであるということが判った。南アフリカ首相D.F.マラン(Daniel Francois Malan)に特別機を仕立ててもらったスミスは、遂に現地で現生の動く石像シーラカンスに出会えた。スミスは特別機を出してくれた首相に献名してMalania anjounaeと名付けたが、そのシーラカンスは朽ち果てた『生きていない』化石としては既に発見されており、Latimeria chalumnaeと命名されていた。その後コモロ諸島して200尾以上が捕獲された他、1997年にはインドネシアのスラウェシ島にてラティメリア属の別種が発見され、Latimeria menadoensisと命名された。
[編集] その他
現在では化石となって尚生き続ける『生きた化石』の代名詞となっており、『絶滅危惧種』としてレッドリストに分類され、商業目的の取引はワシントン条約で禁止されている。また、現生地であるコモロ諸島ではゴンベッサと呼ばれている。