ハンス・ウルリッヒ・ルーデル
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
称号:ソ連人民最大の敵・スツーカの悪魔・アンサイクロペディアに嘘を言わせなかった男
「自らを価値無しと思っている者こそが,真に価値無き人間なのだ」
~ハンス・ウルリッヒ・ルーデル
ハンス・ウルリッヒ・ルーデル(Hans-Ulrich Rudel、 1916年7月2日 - 1982年12月18日)は、第二次世界大戦の際に活躍したドイツ軍人。ソ連人民最大の敵。スツーカの悪魔、爆撃の魔王。そしてパイロットである。朝起きて出撃して朝飯食って牛乳飲んで出撃して昼飯食って牛乳飲んで出撃して夜飯食って牛乳飲んで出撃してシャワー浴びて寝るという毎日を送ってたら、何時の間にか戦車519両を撃破(成敗)し、世界最強の戦車撃破王になっていた。
なお航空機撃墜数も9機なので、爆撃隊なのにれっきとしたエースである。間違いなく彼のスコアは世界記録であり今後絶対に更新される事は無いだろう。
~ ハンス・ウルリッヒ・ルーデル について、アドルフ・ヒトラー
~ ハンス・ウルリッヒ・ルーデル について、エルンスト・ガーデルマン
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目次 |
[編集] 総合戦績
- 出撃回数2530回
- 被撃墜回数30回(尚、全て対空砲によるものである)
- 戦闘による負傷5回
- ソ連軍によってかけられた賞金10万ルーブル
- (1940年当時のソ連の労働者の平均年収は600ルーブルほど。600ルーブル=300万円と換算すれば5億円!)
[編集] 戦果
- 戦車519輌
- 装甲車・トラック800台以上
- 火砲(100mm口径以上)150門以上
- 装甲列車4両
- 戦艦1隻撃沈(ガングート級戦艦マラート)
- 巡洋艦1隻
- 駆逐艦1隻
- 上陸用舟艇70隻以上
- 航空機9機(戦闘機2、爆撃機5、その他2。9機のうち2機はIl-2であったとする資料もある
…と、言いたい所ですが、アンサイクロペディアにあるまじき事態なのだが……ルーデルの逸話は全て事実である。
[編集] かつてのルーデル
[編集] 少年篇
- ルーデルがパイロットを目指したのは八歳の頃だという。近くの街でお祭りがあったのだが、なんとルーデルの両親は彼に留守番を押し付けると、二人だけで遊びに行ってしまったのだ!
- 当然、お祭りを楽しみにしていたルーデル少年は憤慨。そこで母親がお祭りの出し物の話をしていると、ルーデル少年が物凄い食いついて来る話があった。それがパラシュートで降下する男のショーだったと言う。
- あまりにもパラシュートについてしつこく聞いてくるので、母親はルーデル少年に落下傘の玩具を作ってくれたそうな。ルーデル少年は、それに小石を結びつけて毎日のように遊んでいたが、その程度では我慢出来なくなり、ついには自ら蝙蝠傘を持って二階からダイブしてしまう。幸運にも怪我は無かったが、こっぴどく怒られたのは言うまでも無い。
- そしてルーデル少年はこれを境に「飛行機の操縦士になろう!」と決意したのだが……飛行機というよりも急降下に魅せられている気がしないでもないのは、気のせいだろうか?
- これは「急降下中毒」と呼称する必要があると思われる、理由は彼の被撃墜数である。おそらく被撃墜数でも世界記録であろう、果たして本人は気がついていたのか。そもそも30回も撃墜されてなぜ生きてるんだ?
[編集] 青年篇
- そんなこんなで月日が流れて二十歳になったルーデル青年。当然ながら飛行機学校に通いたかったのだが、実家にそんな余裕は無い。何故なら、姉が看護婦になる為、名門学校に入学していたのである。家族の為、ルーデルは大人しく諦めて「体操の教師になろうかなー」などとブラブラしていたのだが……。
- なんと戦争に備えていたドイツは空軍を設立し、予備役将校の募集を開始したのだ! とはいえ試験は600人中6人しか通らない倍率の高難度。ダメモトで挑戦したルーデルだが見事合格し、ビルトパーク・ウェルター軍学校に入学。晴れてパイロットとしての道を歩き出す事となった。
- そして卒業間近になったルーデルは、ある一つの噂を耳にした。空軍の花形は戦闘機乗り(当然ルーデルもそれを熱望していた)だが、なんでも今年の卒業生は全員スツーカ隊行きだと言う。しかもバルト海沿岸の高射砲学校を見学した際、偶然そこを訪れたヘルマン・ゲーリングが「我々は新型機スツーカの操縦者を求めている!」と盛大に演説をぶち上げたのだ。それなら仕方ないと渋々ルーデルはスツーカ隊を志願。**ところがいざ配属先が発表されるとなんとルーデル以外は全員が戦闘機隊に配属されていた! ……ゲーリングの言う事だからなぁ。「噂を信じて馬鹿正直に志願してしまったものだ……」と後にルーデルは語っている。
- しかし嫌々だったはずなのに「配属されてスツーカを実際に操縦してみた途端にスツーカ隊にいること自体が至上の幸福として感じられるようになった」という事で、ぞっこん気に入ってしまったらしい。どう見ても天職です。本当にありがとうございました。
[編集] 魔王誕生篇
- 最新型の爆撃機スツーカの扱いにも慣れたころ暇さえあれば牛乳を飲んで体操をしている変人という理由で偵察部隊への転属を命じられてしまったルーデル。ポーランドとの戦争で偵察部隊として初陣を飾り、見事二級鉄十字章を獲得するも、ルーデルはスツーカ隊への帰還を希望していた。
- この頃、高高度偵察に適したパイロットを選抜する身体検査があった。ここで落ちればスツーカ隊に戻れると期待したルーデルではあったが、ここで早速彼ならではの不死身っぷりを発揮し、「異常高度に耐えうる」と合格判定を貰ってしまう。
- 1940年、フランスと開戦すると共にルーデルはスツーカ隊へと帰還したのだが、上司との折り合いが悪かったせいか、ルーデルは居残りを食らってしまっていた。「出撃命令でエンジンが唸り出すたびに、拳を耳につめこみたくなる。スツーカ隊は、クレタで歴史を作っている。そう思って、私は口惜しさに男泣きに泣いた」と語る通り、出撃出来ないのが何よりも辛いのは、この頃に原因があるらしい。
- しかし運命の刻は1941年6月22日午前四時に訪れた! ラジオで独ソ戦の開始を聞いたルーデルは、いてもたってもいられずに宿舎を飛び出して故障機格納庫へ向かうと、修理の完了した機体を受領。その足で司令部から許可をもらい、一目散に出撃したのだ!
- その後「敵戦線を突破して飛んだ」「大量のソ連戦車がいた」などと言いつつルーデルは淡々と爆撃し続け、一ヶ月後には1級鉄十字勲章を獲得。遂に空の魔王が誕生した瞬間であった。
[編集] ある日のルーデル
[編集] マラート撃沈篇
- 部隊最年少のシャルノブスキー伍長を後部座席に乗せて出撃したルーデル。ソ連の戦艦マラートへと果敢に急降下爆撃を敢行し命中させるも、当時は戦艦に通用する1t爆弾が前線に到着していなかった為、損害は軽微。この日はマラートに逃げられてしまう。
- 続いての作戦では駆逐艦一隻を瞬時に撃沈した。
- だが5日後、遂に到着した1t爆弾を備えて出撃したルーデルは戦艦マラートに対して再び急降下爆撃! 至近距離で投弾した為に結果の分からなかったルーデルは、シャルノブスキーの「戦艦が炎上しております!」の叫びで、マラートの爆発切断炎上を知ったのだった。新人なのに戦艦を真っ二つにして海底に叩き付けるなんて……なんてやつだ!
- 無事に帰還したスツーカ隊に下った新たな命令は、この戦果に気を良くした司令部からの「巡洋艦キーロフを破壊すべく再出撃せよ!」という無茶振りも良いところ。無論ルーデルは喜んで出撃しようとしたのだが、師匠である部隊長ステーン大尉の機体が着陸時に砲弾孔に突っ込んで壊れてしまった事を知り、乗機を貸す事に。シャルノブスキーも後方機銃手として同乗し、ルーデルは居残りとなった。
- しかし……帰還してきた部隊の中に、ステーン大尉の機体は無かった。キーロフからの対空砲火で操縦不能に陥った大尉は、敵艦へと特攻したのだという。ルーデルは恩師と友人と乗機をいっぺんに失ってしまったのだ。
- ステーン大尉はとにかく人柄が良かったらしく、前述の事情から他隊員との経験差のあったルーデルをサポートし、自分の操縦技術の数々を叩き込んだ。ルーデルも「後の自分の功績はステーン大尉の指導による物が大きい」と良く口にしていたという。
- その後には戦艦オクトブレスカヤを攻撃。なんとルーデル機のものを含め3~6発命中!またもや戦艦を(共同)撃沈!と思いきや、驚くべきことに全部不発…まあ、大量の不発弾を抱え込んだ以上戦闘不能にはなった模様だ。
- ここでの戦果をまとめると、戦艦1隻撃沈、巡洋艦1隻撃沈、駆逐艦1隻で計約3万トン、さらに戦艦1隻共同撃退。これがたった3ヶ月目の新人の戦果である!
- 余談だが、その後のルーデルに敵艦撃沈の戦果が絶えてしまったのは、沈める敵艦が存在しなかったためである。
[編集] 部下救助篇
ルーデルは少なくとも4回敵地強行着陸を試みているが、そのうちもっとも有名な件を紹介する。
- 部下の乗ったスツーカが被弾して不時着した為、彼らを救うべくルーデルもスツーカを戦場に着陸させる。
- 不時着した部下二人とは首尾よく合流出来たものの、いざ飛び立とうという段になってスツーカが泥沼にはまる。4人は敵地に取り残されてしまった。一番近い味方の陣地までは約40km。
- 機銃手のヘンシェルが「ソ連軍に捕まるくらいなら川に飛び込もうよ!」と言うので幅600ヤード(約548m)、水温3~4℃の河を泳いで渡る。ルーデルと部下二人はどうにか泳ぎきったものの、ヘンシェルは真っ先に沈む。慌ててルーデルが再び河に飛び込んだが、助ける事は出来なかった。 ヘンシェール!!
- 味方のルーマニア兵だと思って話しかけたソ連兵からSMGの銃撃を受ける。肩に一発食らうが他の弾は全てかわす。そのまま走って離脱。だが救出した部下二人ともここではぐれてしまう。
- 軍用犬まで出して数百人体制での捜索が始まるが、回避。 「それにしても勘のにぶい軍用犬だ」
- 夜になり民家を発見したルーデル。窓から侵入しようとしたら、住人に見つかって怒られてしまう。謝ってドアから入りなおしたルーデルは、住人の老夫婦と意気投合。老夫婦と同じベッドで川の字に就寝し、次の日に礼を述べて立ち去った。
- その後、約40kmを二日で踏破して味方陣地にたどり着く。全身負傷、服はぼろぼろ、泥まみれ血まみれのルーデルは、最初味方兵士にすらドイツ軍士官だと信じて貰えなかったという。騎士鉄十字勲章を示してルーデル本人であると確認が取れた後、すぐさま帰還し入院せよとの命令が下った。
- 無論速攻で無視した。理由は「帰国する気持ちになれない」
[編集] ヘンシェルの仇討ち篇
- 翌々日、中隊はルーマニアのヤッシーへ移動。その際ルーデルの為にと、ワザワザ後方から軍医が派遣されてきた。無論これも無視して他の隊員とともに前線へ。彼曰く、「肩の傷など問題とせず、私は敵攻撃に向かうつもりだ」(※原文ママ)
- しかもヤッシーに着いて早々(つまり帰還してから二、三日後)、怪我して体中ボロボロな状態でバルチにいた強力な敵機甲部隊を爆撃してこれを文字通り殲滅し、 一日目で17両、二日目で9両の合計26台の戦車を破壊している。
- イワンどもは調子に乗ってラジオで「ルーデルを捕らえた」と宣伝しまくってたため、ルーデルの怒りは頂点に達していた。
- 当時の戦況や部隊編成などから考えて、遭遇した機甲部隊の総兵力が100台以下なのは間違いない。即ちルーデル一人で少なくとも四分の一を撃破した計算になる。
- その際の言葉、「最後の出撃のときは、目を皿のようにしなければならなかった」(※原文マm) 、「どこにも戦車の姿は見えない」(※原文m) 、翌朝の明け方の偵察では、「すべてが静かに、まるで死んだように見える」(※g)
- この事件が元で、のちにルーデルには「味方飛行場以外での着陸を禁ずる」という命令が下された。
- そのため、後日不時着した友軍パイロットを発見した際には、降下→そのまま地表を滑走→救助、乗載→再離陸、という流れで、一応「着陸はする事無く」救助を達成している。ルーデル本人は「地上で停止しなきゃ着陸にならない。うまくトンチで出し抜いてやった」と自賛していた事であろうが、勿論これは普通のパイロットにとっては、敵地着陸などとは比較にならない程危険な変態機動であった事は言うまでもない。
[編集] 新型戦車篇
- ブダペストにて新型のソ連軍戦車らしき物を発見したが「イワンめ、また新型を作りおったか」とぼやきながら即座に始末した。因みにルーデルによればこの日はイワンにとって最悪の日であったそうだが、ルーデルの出撃した日は全て該当しそうな気もする。
- で、この時破壊した新型戦車の残骸を確認しようと舞い戻ったら高射砲の攻撃を受け被弾。ルーデル自身も負傷し、なんかこう始めは左足が刺すように痛かったのだが、だんだんと恍惚感に変わってきたそうである。ルーデルが「ブダペストまで持つかな?」と言ったのに対して、新たな相棒ガーデルマンは「大丈夫ですよ」とさらりと返した。この時点でガーデルマンもだいぶ染まってきたようだ。
- 更に医者に「退院まで6週間かかる」と言われたそうであるが、入院8日目にソ連軍が迫りつつある事を知ると「よし行こう! すぐ退院だ!」と元気よく病院を飛び出してしまった。この時医者は力無く首を振っていたそうな。
[編集] 無双篇
- 「偵察機の確かめたところでは、アチタリの付近とエイスク港には、小舟の集団があり、スツーカ隊にとって絶好の獲物であるという」ニュースが入った。かくして湖沼地帯を進軍中の敵2個師団を叩き潰すことになった。
- 50kmの距離を進軍する無動力のボートの群れに対して銃爆撃を加えまくったルーデル。小舟のほうはそれなりに頑張って隠れようとしたりもするらしいが、的が多すぎてルーデルはあまり気にならなかったようだ。ここまでくると容赦ない弱い者いじめのようにも見えなくもないが、かといって仕事が暇になったわけではないとルーデルは回想している。
- もたもたしているうちにドイツ地上軍も増強されるなど散々な目にあったソ連軍相手に、ルーデルだけで少なくとも70艘撃沈するなど、大戦果に見舞われることとなった。だが相手は味方の損害がいくら出ようと気にせず物量で押してくるソ連軍。いつものごとく結局は押し切られることに…と思ったら(ルーデルの編隊による)(あのソ連軍の基準でも)あまりの被害の大きさに耐えかねて撤退させられてしまったそうな。
[編集] 地上軍指揮篇
- ある日のルーデル、帰投中に敵戦車隊を発見。ところがカノン砲の弾が無い。かといって基地に戻ったら見失ってしまう。
- ちょうどそのとき近くに味方戦車隊を発見。しかもこのまま行けば鉢合わせしてくれる。ルーデルはメモの投下や信号弾、曲芸飛行を駆使して指示を出す。
- 味方戦車隊は位置につく。敵戦車隊も良からぬ空気を察して警戒態勢で進軍するが、双方出くわした瞬間に殲滅させられる。ドイツ側の被害は無しという一方的な勝利だった。
- 祝福のチョコレート投下で味方戦車隊をねぎらい、颯爽と地上軍のヒーローは去って行った。
- 弾が無くともソ連人民最大の敵は最強だということを見せつけるエピソードであった。なお、この戦闘にオットー・カリウスが参加していたという噂もある。
[編集] 装甲列車迎撃篇
- そんなルーデルにも、なかなか倒せない宿敵ともいえるものが存在していた。それが装甲列車である。
- 分厚い装甲と強力な火砲に守られ、それを掻い潜って攻撃に成功したとしても、瞬く間にトンネルへ逃げ込まれてしまう。山を掘り抜いた代物である為、そうなってしまうと航空機では手が出せないのだ。
- 更には損傷を与えてもソ連お得意の人海戦術で瞬く間に修理され、あっさりと戦場へと舞い戻ってくるのだ。これにはさしものルーデルも手を焼いており、そこで彼はある作戦でもって装甲列車を迎え撃つ事になる。
- その日、装甲列車出現の一報を聞いて出撃したルーデルは、まず何時ものように急降下爆撃を行い、列車に損傷を与えた。攻撃を受けた装甲列車は、慌てふためく事も無く、冷静にトンネルへと退避。そこまではいつも通りだったのだが――
- 次の瞬間、ルーデルはトンネルの出入り口へと爆撃を敢行。あっという間に其処を吹き飛ばし、装甲列車を丸ごと生き埋めにしてしまったのだ。まさにルーデルの完全勝利だと言える。
- それでも満足できる結果ではなかったとか。
- そもそも『レールを破壊する』という(ある程度の期間では修理されてしまうにせよ)簡単な対処法があるのにもかかわらず、それに飽きたからといって堅牢、高火力な走行列車に直接挑むこと自体が通常のパイロットでは無謀ともいえる話である。
[編集] 総統閣下の勲章篇
- そうして積み重ねたルーデルの戦果が余りにも凄すぎた為、アドルフ・ヒトラーも次々に勲章を贈与していたのだが、とうとう彼に見合う勲章が尽きてしまった。そこで遂にルーデルの為だけに最高位勲章を新設する事になり、黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士鉄十字勲章なるとんでもない勲章を受け取った。これを受賞したのは全独逸兵士中、ルーデルのみである。
- そんなルーデルが戦死する事を恐れたのか、ヒトラーは再三にわたって「君を前にして面と向かっては言いにくいが、もうこれ以上は飛ぶな」と言っていたのだが、その悉くを拒否。前述の勲章を授与された際「もう二度と私に地上勤務をしろと言わないのならば、その勲章を受け取りましょう」と言い放ったという。
- 地上勤務要請というのはエースパイロットの戦死を防ぐと共に、教官にする事で技術を後続の兵士に教えるのが目的である。が、ルーデルの技術なんか習得できる奴がいるわけがない。だって「特に秘訣は無い」のだから。
- だが懲りない総統閣下は再び飛行禁止に処するも、なおさら懲りないルーデルは葛藤しながらもこっそりと出撃を繰り返す。ところが幾ら粉飾しようとも無断出撃を隠し通す事は出来なかった。発覚した理由というのが本人曰く誰が破壊したのかわからない戦車が多過ぎた為であった。
- なおこの勲章は、ルーデルに続く新たなる英雄が現れることを願い、円卓の騎士に準えて合計12個作られたのだが、結局他に受賞した者はいない。いる筈も無い。いたらナチスドイツが勝っていた。
[編集] 大砲鳥初陣篇
- 1943年7月、ルーデルは爆弾に代わり37mm砲2門を搭載したJu87G型で、対戦車攻撃を行うことになった。
- 目的は試作テストなのだが、時世が時世だけに実戦訓練という形になった。しかもこの砲は2門同時に撃たないと、バランスが崩れて飛行継続が不可能というとんでもない代物であった。
- 実際、自ら火力増大を望んでいたはずのルーデルが「操縦が恐ろしく難しい機体」と弱音を吐いている。さすがのルーデルも、今回ばかりは無茶が過ぎたようだ。
- と思いきや、攻撃を受けたソ連兵の記録では「対戦車砲のついたスツーカが数分のうちにT34戦車12両をスクラップにした!」。そしてその少し前にもこの機体で上陸用船艇70隻を撃沈している。言っている事と実際の戦果が違うじゃねえか!
- という風に対地攻撃で無敵ぶりを発揮。タンク・キラーとして恐れられる、カノーネンフォーゲルの産声だった。
[編集] 実際にご確認ください
これがカノーネンフォーゲルの映像。使いこなせるのはルーデルだから仕方ないとしても、このカスタムを考えて実行した技術士官も技術士官だ。
[編集] エースパイロット撃墜篇
- ルーデルがソ連の戦闘機を撃墜した日に、同じ地区を飛んでいたソ連のエースが撃墜されているのは内緒だ。
- レフ・シェスタコフという65機撃墜(単機撃墜23機、共同撃墜42機)のソ連でも有数のエースパイロットなのだが、当時の情報を相互参照する限りルーデル機と遭遇した可能性が非常に高い。
- さらに彼は、派手な塗装で知られていたルーデル機を撃墜しようと1944年に入ったころからずっとルーデル狙い続けていたらしい。なんですかこの死亡フラグは…
- 公式記録上誰が彼を撃墜したのかは不明である。
- 「機関銃で撃墜したのだろうか、あるいは高速の旋回による物すごい圧力で翼桁が砕けて墜落したのだろうか。首にかけた受話器で、すさまじい騒音を聞いた。ソ連兵の叫び声も。ソ連軍に何が起きたのかを考えたが、それはとても重大なことではないかと思えた。夕方のラジオのメッセージで、あのラグの操縦者はソビエトの英雄と謳われた殊勲将校であったと知る。私は保証する。彼は優秀なパイロットであったと。」
- 尚、この日シェスタコフの乗っていた機体はLa-5戦闘機。対するルーデルはFw190戦闘機ではなく、いつもの愛機であるスツーカ!
- スツーカの最大速度は370kmくらい(ゼロ戦が530kmで遅いほう)しか出ない上に、機銃は、前面に固定された37mm砲と、後部銃座の7.92mm機銃1門だけ。
- 因みに、La-5はドイツ空軍主力戦闘機のMe-109とタメはれるくらいの(もしくはそれより上の)格闘戦能力を持った機体で、最高速度は600kmを軽々と超す。
- 「いや、まさかね」と思うかもしれないが、実は「シェスタコフ機はルーデルに撃墜された」との資料が存在したりする。
- この資料が正しいとすれば、エースが乗った戦闘機を急降下爆撃機で叩き落した事になるわけだ。
- 或いはガーデルマンの後方機銃で撃墜されたのかもしれないが……。
[編集] 敵編隊迎撃篇
- 2100回出撃を達成した頃、ルーデルの基地は米軍機の大編隊に襲われたらしい。
- ドイツ側の被害は大きかったようだが、ルーデルは「休んでなどいられない、出撃だ!」と言い残し「われわれスツーカ隊はただちに追撃、これに壊滅的損傷を与えた」(※原文ママ)
- 何度読み返しても彼の戦記の該当ページには300機の編隊に壊滅的損傷を与えたと書いてあるのだが…いくら何でも鈍足のスツーカでB-17迎撃は不可能だ。我々アンサイクロペディアンも、そこまで破天荒な嘘はつけん!
- そんな訳で、ユーモア欠乏症のウィキペディアンの真似をして真面目に調べてみると、どうやら攻撃終了後の米軍機がソ連軍基地に着陸した所を見つけて、爆撃しての戦果であると思われる。B17米軍重爆撃機がいくら長大な航続距離を誇るとはいえ、英本土を発進してソ連領内を空襲し、無着陸でUターンしての帰還は不可能である。ああなるほど、これなら納得できる。
- …そんな訳ないだろ! B-17が300機あったら、小規模な都市だって壊滅できるぞ! そんな爆撃くらった直後に反撃するなんて、人間業じゃねえ!
- さらに調べてみると、このときのルーデルの基地はポーランドのミーレック。米軍は地中海方面からちょっかいでも出しに来ていたようだ。
- それはともかく、米軍は最悪の選択をしたのであった。よりにもよって、他にいくらでも攻撃目標なんぞあるだろうに、ルーデル閣下の基地をわざわざ選んで爆撃するとは! …そりゃあソ連人民最大の敵を倒したいって気持ちはわからんでもないが。
- 何よりこんな大事件をたった80文字でさらっと書いちゃっていいのかどうだか小一時間問い詰めたくなるものである。
[編集] 負傷篇
- ルーデルは休暇中も書類を偽造して出撃し、病院送りになっても病室を抜け出してまで出撃し、ソ連戦車部隊に急降下爆撃を仕掛け続けたという。まあ、この無断出撃は前述の通り発覚するのだが、軍医に止められる程度でルーデルが聞く耳を持つはずがなく、平然と元気に出撃を繰り返していた。
- そして例によって例の如く対空砲によって撃墜され、後席に座っていたガーデルマン共々重傷を負ったルーデル。ところが彼は歩いて陣地へと復帰。先に救出され治療を受けていたガーデルマンを見つけるや否や「休んでいる暇はないぞガーデルマン、出撃だ!!」と言って彼を引っ張って戦場に向かった。勿論ルーデルもガーデルマンも怪我をしていたが気にしてはいけない。
- しかしさしものルーデルも、本当に死にかけた事がある。飛行中に敵の対空砲で撃たれ片足が吹っ飛んでしまったのだ。ガーデルマンに「足が無くなってしまった」と言ったら「そんな事は無いでしょう。足が吹っ飛んだら、話なんかしていられるもんですか。そんな事より左翼が燃えてます。不時着しましょう」と返された。なのでそのまま不時着した。
- 当然、ルーデルといえども病院送りになったのだが、見舞い客が訪れると珍しく咽び泣いていた。流石に片足になったら辛いのだろうと友人たちが慰めの言葉をかけると「もう二度と高飛びも出来ないしスキーもできないが、足はまだ一本残っているからどうでも良い。 この祖国の危機にソ連の戦車をしばらく撃破出来ないのが悔しい」という事だった。実際に六週間後義足をつけて復帰した。
- その後、入院していることになっていたルーデルは書類を偽造して出撃し、やっぱり相変わらずソ連戦車部隊に急降下爆撃を仕掛け続けたという。
[編集] 総統閣下の信頼編
- 1945年を迎えると、戦局はとうとう絶望的になり、ドイツ軍が逆転する望みは完全に断たれた。そんな状況にあって、ヒトラーが信頼するのはただひとり、ルーデルであった。
- 実はブダペスト方面の撤退作戦はルーデルの案がヒトラーに採用されて成功している。たぶん極東の某参謀よりは優秀だ。
- 大戦末期の45年4月14日、ヒトラーは「全ジェット部隊の指揮を取ってくれ」とルーデルに頼み込むが、ルーデルは断固拒否。そんな立場になったら、自分で前線に出撃する事などできなくなるからである。しかしルーデルがドイツ空軍の全ジェット部隊の指揮をしていたら、もしかしたら戦局が覆っていたかも……。
- さらにヒトラーは、自殺するわずか3日前にもルーデルを召喚しているのだが、「そんな事をされたら一大事」と、ソ連軍が一足先にルーデルの着陸場所として指定された場所をルーデルに脅えながらも占拠して阻止した。もしこの時のルーデル召還が実現していれば、ヒトラーは自殺せずに済み、歴史も大幅に変わったかも……。
- 否定できないのがルーデルのルーデルたる理由である。
[編集] 投降篇
- ついにドイツが無条件降伏した事を知ったルーデルは、連合軍に降伏する事を決意する。
- 投降する途中、ソ連機に遭遇。「昨日と今日で、そう急に変わってたまるものか」と言って撃墜した。いや、その、無条件降伏……。
- 連合軍に捕虜として投降したルーデル。しかし無礼な連合軍兵士が無言で勲章を奪おうと掴みかかったため、ピストルを突きつけられた瞬間問答無用で殴り倒す。そして士官が来るまで、操縦席に引き籠って待機。流石に他の兵士も手出しは出来なかった様だ。
- で、やって来た士官に連れられて捕虜の待機室に行ったところ、他のドイツ兵士達もルーデルの事を知っていたので、全員から敬礼で迎えられる。それを見た連合軍士官から「ドイツ式の敬礼をやめてくれないか? あと、英語が話せたら英語で頼む」と注文をつけられ、対するルーデル、表情一つ変えずに口を開いた。
- 「私は習った通りに敬礼をしているだけだ、改める気はない。そしてここはドイツだ。頼まれたってドイツ語以外は喋りたくないね。そもそもドイツ空軍は空の戦いで敗れてなどいない。ただ圧倒的な物量によって押し潰されただけだ。バイエルンに着陸した理由は単にソ連占領地域を避けたに過ぎない」
- そして唖然とする米軍士官に「……ま、そんな事はどうでもよろしい。シャワーと食事を頼む」と要求。…あんた命惜しくないのか?
- 幸い(?)連合軍は心が広かったらしく、軍服や勲章を取り上げられる事も無く、一度は盗まれた義足も無事戻り、更に戦争犯罪にも問われなかった。
- その後、両足義足の英軍撃墜王ダグラス・バーダー大佐と会見。ルーデルの為にわざわざロンドンから義足屋を呼び、無償で新しい義足(前述の通り、ルーデルの義足は突貫で作られたものなのだ)を提供してくれた他、彼がソ連の捕虜にならないよう全力で支援をしてくれたという。
- ちなみに'ダグラス・バーダー大佐とは、かつてドイツ軍の捕虜になった際に、失くした義足の代わりを届けさせ、その義足で収容所脱出に成功するという、恐るべし経歴の持ち主である。もしルーデルがソ連に送還されるような事になったら、バーダーはルーデルの耳元で何を囁いたかは、容易に想像がつく。仮にそうであれば、この項目に掲載するような嘘くさい事実がさらに増えたであろう事は、想像に難く無い。
[編集] その後のルーデル
[編集] 尋問篇
- 投降したルーデルは連合軍から様々な尋問を受けるのだが、最もしつこく質問されたのは彼の乗機にはどんなカスタムが施されていたかについてだった。ルーデルは高射砲に落とされた事はあっても戦闘機に撃墜された事は皆無だから、回避性能を増す為にさぞかし凄まじい改造をしたに違いないと想像する連合軍将校に、ルーデルは自信満々に短く答えた。
- 「
イカツイ格好にするためにちょっとツノを生やしてみた戦車の装甲をぶち抜けるよう、37mm機関砲を外付けしてもらった」 - なんと当時の平均的な戦闘機の半分程度しかないスツーカの速力とか機動力とかはそのまんま、いやむしろバランスが悪くなる為、通常のスツーカよりも更に性能が低下していたのだ。
- 天山やアヴェンジャーと比較して翼面荷重とか馬力荷重はそんなに悪くないと思うかもしれないが、とにかくロールレートが極端に悪化していたのである。
- そんなんで敵機撃墜以前に戦闘機に狙われて生き延びられるわけが無いと指摘する連合軍将校に、ルーデルはこともなげにこう言ったという。
- 「そんなに不思議なのかね? 私にはこれという秘訣は無かったのだが……」
- 人外に何を聞いても常人の参考にはならないという好例である。とりあえず良い機銃手が必要だろう。
[編集] 収容所篇
- 他にもドイツの行っていた強制収容所について聞かれたルーデル。無論、ルーデルはパイロットである為にそんな事実は知らず、また関与もしていなかったし、ルーデルの場合そんな暇があったら敵戦車を撃破していたのだが……
- 「全然知らない。だが、戦争の常だ、多少のことはやむを得まい。いつの時代、どこの国でも悲惨なことは起こり得る。ボーア戦争の残虐さを君たちも知っていよう。それにしても、この写真は捕虜収容所のもののみとは限らない。ドレスデン、ハンブルクその他の都市で四発爆撃機が襲来したあとには、もっと大きな死がいの山が築かれた。罪もない女や子供が無数に虐殺されたのだ。君たち紳士が、もしこのような写真に関心を払うなら、東の方に行ってみるがいい。写真ではない実物が、現に東方の蛮族の手によって行われているのだ」
- するとこれにムッとした連合軍将校は「典型的なナチ将校だな」と吐き捨てたが、真実を真実として告げるのが、なぜ典型的であり、非難されなければならないのか、ボルシェビズムこの強力な防塞ドイツを破壊したことを、やがて後悔する日が来るであろう、とルーデルも怒りを露にしている。
- 実際、ルーデル自身は祖国をソ連から守る為に戦っていたし、彼自身の故郷もソ連によって蹂躙されてしまっているのだ。その後、ソ連とアメリカとの間で冷戦が始まった事も考えると、ルーデルの発言は何も間違っていない――と思うんだけどね。ソ連大嫌いだから偏見混ざっている気もしないではない。
- ルーデルの勲章を見た英国老大尉が「この勲章の為に何人死んだのか……」と呟いたので「ソ連で稼いだものだよ」と教えると、一転して上機嫌になったそうなので、このあたりイギリス人は良くわかっていらっしゃる。
[編集] 戦後のルーデル
[編集] 余生篇
- 終戦後は南米に脱出。独裁者と友人になったりしながら実業家として過ごし、28歳年下(結婚当時21歳)の嫁さんを貰った。
- 未だ各地で戦犯として拘束されている戦友を救出し、或いは逃走を続けている彼らへの支援を行うべく『ルデル・クラブ』を結成。まっとうなドイツ軍人支援組織だったものの、欧米で執筆された多くの冒険小説では「ナチス残党が結成した謎の秘密結社」扱いであり、更にルーデルはその恐るべき首領扱いだったが、誰も気にしない。
- また義足でありながら登山にも精を出す。アンデス山脈の最高峰の一つ、ユヤイヤコ(6,900m)にも挑むが、その際に友人であるノイベルトが滑落し、死亡。一旦下山して死体を捜索、発見したルーデルは、唖然とするガイドたちをよそに友人の亡骸を担いで再度山を登り始めた。で、数時間後に帰還しての第一声が「これからノイベルトはずっと、この山の頂で眠るんだ」……友人思いではあったらしい。
[編集] 各界からのルーデル評
- 戦後、南米に行ったりオーストリアに独軍の記念碑を建てたりしてたルーデル。
- そして、そんなルーデルに対する評ももちろんたくさんある。ここではその中でも最も有名なものを紹介していこう。
- 「ルーデルは一人で一個師団の価値がある」― フェルディナンド・シェルナー陸軍元帥(ドイツ中央軍集団司令官、ルーデルをめぐってヒムラーと大喧嘩したこともある)
- 「なんと残念なことか、彼(ルーデル)が我が軍の側でなかったということは!」― ピエール・クロステルマン
- 「ええ、ルーデルさんがナチだったのは良く覚えてますよ……でも彼は私に迷惑をかけたことは全くありませんでした。彼は偉大な人間でしたよ、それに片足にも関わらず素晴らしいスキーヤーでした……」― アルゼンチン登山協会Club Andino Bariloche代表ヒューゴー・ジョン
- 戦後も様々な人物と交流を続けたルーデルであった。
- ルーデル=一個師団とかは気にしてはいけない。
メビウス1ですら一個飛行隊分だったのに。
[編集] 弟子たちの活躍篇
- アルゼンチン空軍の設立にも協力。その教え子たちはルーデルの薫陶によりフォークランド紛争の際に大活躍。当時のアルゼンチンにはエグゾセミサイル5発しかないという状況をものともせず、イギリス海軍の艦艇をガンガン沈めまくった。
- それでも結局アルゼンチンは負けたじゃねえかというツッコミがあるかもしれないが、その責任の大半は「これから戦争をやるのにエクゾゼを5発しか調達できなかった軍上層部ならびに政府」にある上、配備された爆弾も質が悪く、不発弾が大量にあったといわれている。
- 前述のようにルーデルにも不発弾のせいで戦艦を撃沈し損ねた大変残念な過去があった。きっと教え子たちにも戦艦2隻撃沈しかねない腕前と敗戦やら不発弾やらといった境遇が受け継がれていたに違いない。
- しかし魔王の薫陶を受けたこのときのアルゼンチン空軍の対艦攻撃は、イギリス人をして「主翼でマストのアンテナを切りそうな(低高度を飛んでくる)」と言わしめている。超音速ジェット機で、しかも地形追従レーダーも無い状態で、まともなパイロットならこんな低空飛行が出来る訳が無い!
- 自衛隊の対艦番長っぷりを見てるともしかしたらルーデル閣下の影響がなにかしらあるのかもしれない。無いとは言い切れない。
- それでも結局アルゼンチンは負けたじゃねえかというツッコミがあるかもしれないが、その責任の大半は「これから戦争をやるのにエクゾゼを5発しか調達できなかった軍上層部ならびに政府」にある上、配備された爆弾も質が悪く、不発弾が大量にあったといわれている。
[編集] A-10篇
- そしてフェアチャイルド社に頼まれてA-10神の開発に尽力。このA-10が「速度は遅くとも良いから何発撃たれても落ちず戦車を一発で吹っ飛ばせる」代物になったのは、ルーデルの発案によるとも言われ、お陰で米軍歩兵からは大絶賛される傑作機となり、ルーデルの技術が近代戦でも応用出来る事を証明した。
A-10開発時のルーデル様のお言葉
- 操縦性に癖あったら殺す
- 機銃の一発や二発で動かなくなるようなヤワい機体はお断り
- 弾と燃料一杯つめて長く戦えるようにしとけ
- 火器管制とかぶっ壊れても手動で撃てるようにしとけ
- 墜落時のために飲料水と浄水器も多くしとけ
- いざという時に軟着陸できるように手動で足下ろせるようにしとけ(引き込み脚禁止)
以上の意見を取り入れてフェアチャイルド社が開発したところ、安くて頑丈なA-10が誕生。 誕生から30年近く経つにも関わらず、未だ現役。 一度は退役しかかったのだが、湾岸戦争での活躍により不死鳥のごとく復活した。 現在も「戦闘ヘリより安く、戦闘機より対地攻撃が強い」A-10に変わる機体は存在しない。
- それはそうと、そのA-10の性能は、スツーカというよりもライバルのシュトゥルモビクに生き写しだったりする。うーむ。
[編集] スキャンダル篇
- ルーデルは『急降下爆撃』を始めとする自伝を執筆。「ローマ教会が脱出に手を貸してくれて助かった」だの「ナチスの戦争は正しかった」だのと空気を読まない発言を繰り返し、色々な人の肝を冷やさせた。のみならずドイツ軍に招かれて公演を行った際、上記の事を堂々と力説。
- ところがルーデルを招待した二人の空軍将校カール・ハンツ・フランケとヴァルター・クルピンスキーは大喜びで記念写真を撮ったり、本にサインして貰った挙句、手放しでルーデルを褒めたてた。
- 曰く「アカの手先としてモスクワ働いてた共産党員のヘルベルト・ヴェーナーに比べてルーデルさんは素晴らしい!」「なにせ彼は銀の食器一つ盗んでいないのだから!!」
- で、当然の結果ながら、ルーデルを招いた責任を取る為、二人は退役に追い込まれた。
- さらに軍人を退役に追い込んだ国防大臣も、これは不当人事だとして辞任に追い込まれた。
- 一番かわいそうなのは国防大臣だと思う。ルーデル自重しろ。
- さらに軍人を退役に追い込んだ国防大臣も、これは不当人事だとして辞任に追い込まれた。
[編集] 葬式篇
- 1982年に死去。ルーデルの葬儀の際、西ドイツ空軍機2機が(筋金入りのナチスシンパで知られる彼の為に)追悼飛行を行い、ナチス式の敬礼をする元軍人やら、元ナチス党員やら、ネオナチやらが参列し、戦時中の国歌やら軍歌やらが盛大に流され、またまた大問題に発展する。
- 「あれは単なる訓練飛行である。下で誰かが葬式をしていた? 知らんよ」
- 死亡したんじゃなくて封印されたんじゃねぇかという噂がまことしやかに囁かれているが、実際、埋葬されたのは別人のスパイであり、ルーデル自身は未だ生存している――などという説がマジで存在する。
- 無論、トンデモ説の一つであろうが、否定できないのがルーデルのルーデルたる所以である。
[編集] 日本で大人気篇
- アレのドイツ語版よりも英語版のほうが記事が充実しているのはまだわかるが、日本語版のほうが圧倒的に分量が多いのはどう考えてもおかしいと思われる。
- どうやら2002年にルーデルの本が再出版されてから彼の超人ぶりが軍事板などで話題となったことが原因らしい。
- そして2008年ごろについにこの記事が登場する。アンサイクロペディアを代表する記事にまで成長を遂げ、ルーデル(とアンサイクロペディア)の知名度が国内で飛躍的に向上した。
- 因みに、日本語版ルーデルの記事とこのページの内容が似通っているのは、軍事板のとあるスレからそれぞれに書き込まれて行ったのが原因である。パクリ……というよりお互い切磋琢磨していった結果といえる。
[編集] 火葬戦記篇
- 日本の一部ファンの間で人気の仮想シミュレーション戦記。実在の人物も度々登場し、時には史実以上の大活躍を見せることもある。だったらこれほど活躍したルーデル閣下も当然ひっぱりだこと思うだろう?
- ところがぎっちょん、実際にはほとんど抹殺、いなかったことにされている。
- 理由はまあ、諸兄の想像通りだよ、うん。
- 某出版社の編集担当の間ではマジでルーデル禁止が申し送られているとも噂されていたりする。
| この記事にはユーモアが不足しています。治療には十分な栄養と日光と愛情と2頭の牛が必要です。 ユーモアの摂取方法にも十分気をつけましょう。 …とはいうものの、こんな嘘くさい事実に対して、これ以上嘘を加える事なんて不可能だよ! |
[編集] ルーデルのスコアは大嘘です
エースパイロットの「公式戦果」なるものは、多くの場合正確でない事が多い。本人や仲間が撃墜数を過大に報告したり、司令部が戦意高揚のためエースの活躍を誇張して宣伝したりするからである。例えば史上最大の撃墜王であるハルトマンも、実は疑わしいスコアがかなり多かったりする。
ルーデルの「戦果」もまた、正確性に欠けている。なぜなら彼は前述のように病院を脱走して前線にまぎれ込み、誰が壊したのかわからない戦車を大量生産したり、同僚や部下が休暇をもらえるようマイレージの如く自分のスコアを譲ってあげたり、逆に指揮官に任命されたあとも自身が戦場に留まり続けるために自分のスコアを過小に報告するなど、何度も粉飾を繰り返していたからだ。
というわけで、上のルーデルの公式戦果は大嘘です。デタラメです。状況や人々の証言から未公開の戦果をあわせてより精度の高い数を挙げれば…
- 戦車:800輌以上
- 装甲車・トラック:1000台以上
- 火砲(100mm口径以上)180門以上
- 装甲列車:6両以上
……あれ? 増えた?
と言いたいところですが、大マジです。
……もう駄目だこいつ、存在自体がギャグだ。
なお、この現象は不確定性原理によって説明できるという説が存在する。すなわち、誰が破壊したかわからない戦果を解明しようとすると、ルーデルのスコアが定まらなくなるというものである。
[編集] 栄光ある後部機銃手たち
[編集] 初代:アルフレッド・シャルノブスキー
- 戦艦マラート撃沈時の後席。部隊最年少。
- その後の戦艦キーロフ攻撃では、ルーデルの恩師であるステーン大尉の後席に。
- 戦闘中、大尉と共にキーロフに体当たりを試みて戦死。
- この当時のルーデルはまだ新米で未熟だったため、取り乱しがちな彼を冷静沈着なシャルノブスキーが支えていた。
- 結果的にシャルノブスキーのクソ度胸は、見事にルーデルに受け継がれることとなった。
- という訳でルーデルも最初から空の魔王だった訳でなく、先輩や同僚に鍛えられた結果なのである……のは事実だ。
- 事実だが、ただそれだけという生易しいものではない事は、その後のルーデルの戦果が示している。
- むしろステーン大尉ともども、この世に魔王を生み出した張本人と形容すべき存在である。
[編集] 二代目:エルヴィン・ヘンシェル
- 騎士十字章授賞。 後方機銃で敵戦闘機撃墜という離れ業も果たしたエース。
- 英語版ウィキによると、本業はRadio Operatorなんだそうだ。
- ルーデルの後席搭乗員の中で最もキャリアが長く、まさに黄金コンビとも言うべき活躍を繰り広げた。
- ……が、アンサイクロペディア的に面白い逸話が無い為、記述が一番少ない。
- その最期については前述の通り。水没。彼の死はルーデルも悔やんだ。
[編集] 三代目:ロースマン
- 名前は不明。影が薄い。いい奴だが経験不足。
- 当たり前だ。本業は整備士なのだから。
- とりあえず人手が足りない時に近くにいたのが運の尽き。空の魔王にとっ捕まって後席に放り込まれた被害者である。
- 最大の手柄は、負傷して歩けないにも関わらず出撃したがるルーデルを、スツーカまで担いでってあげた事だが....
- 「この勲章をヘンチェルと一緒に貰えれば良いのだが、今後ろにいるのはロースマンだ」
- 「この困難な出撃にヘンチェルがいてくれれば良いのだが、今後ろにいるのはロースマンだ」
- 「口を動かす前に撃て!」
- とか色々と酷いことを言われた挙句「うーん押しつぶされる……」と言い残して精神的に再起不能。
- 最も、敵機に囲まれて機銃弾を何十発食らっても平然としてるルーデルの方が異常なのである。
- ただし、その後も整備士としては終戦まで頑張っていた模様。良かった良かった。
[編集] 四代目:エルンスト・ガーデルマン
- 騎士十字章授賞。医学博士。通称「スツーカ・ドクトル」。
- 本来は軍医で戦闘要員では無いのだが、着任当時からルーデルとスポーツ好きという点で意気投合。
- 親友として仲良く一緒に訓練をやっていたら、いつの間にか正規の機銃手になっていた。
- おまけに後方機銃手としての抜群な腕前と、素晴らしい医療技術から部隊中で引っ張りだこ。
- んな訳でルーデル専属という訳でもなかったのだが、ヘンシェルを失ってルーデルが落ち込んでるのを見て励ましていたら、いつの間にかルーデルとコンビになっていた。
- ちなみにその不死身っぷりはルーデルといい勝負。どう見ても天職です。本当に有り難うございました。
- しかしルーデルが片足を失って入院してる際、ちょっと遠出をしてしまったのが運の尽き。
- 交通網の麻痺やら何やらで移動もままならず、結局ルーデルとは終戦するまで再会できなかった。
- ルーデルが退院を自主的に切り上げるだろうことを、うっかり失念していたのが原因と見られる。
- ガーデルマンも後方機銃で敵戦闘機撃墜を果たしている他、前述のエースパイロット撃墜は彼の手によるものという説さえある。類は友を呼ぶのである。
- 終戦後、オリンピックでも医者として活躍していたりする。
[編集] 五代目:エルンスト・ニールマン
- もともとは従軍記者として派遣されていたが、ある日突然ルーデルにスカウトされて後方機銃手にさせられた。ルーデル曰く「愉快な男」。前代の医者といい、前々代の整備士といい、素人を機銃手にするあたりルーデルの無茶っぷりは尋常ではない。
- と、思いきや、実はすでに何度も出撃を重ねていたベテランであった。しかも米軍機の空襲のまっただ中に、防空壕から飛び出して記録映像を撮影するという並はずれた度胸、もといルーデルに匹敵する無茶っぷりも示している。さらにその記録映像の出来栄えは素晴らしいものだったとか。
- 類は友を呼ぶのである。大事なことだから二回言いました。
- ガーデルマンと離れ離れになって以降はルーデルの後席に収まり、最後の出撃にも同行。そしてルーデルらと共に米軍に投降した。捕虜生活も一緒にし、盗まれたルーデルの義足を探したりもしたが「一介の軍事報道員」という事であっさりと釈放された。いやまあ、一応は従軍記者であるからして。
- ところが頼まれもしないのに、その後ルーデルとアルゼンチンへ渡るなど、行動を共にし続けている。すっかりルーデルに染められてしまったらしい。
[編集] エルンスト・ガーデルマン
エルンスト・ガーデルマン(Ernst Gadermann、1913年12月25日 - 1973年11月26日)はルーデルの4代目相方にして、彼の無茶に長く付き合わされた苦労人。
- ルーデルの影に隠れて目立たないが、後部機銃手としてルーデルと一緒に850回以上出撃して騎士十字章を授与された、筋金入りの英雄の一人。
- 前述の「休んでいる暇はないぞガーデルマン、出撃だ!!」とルーデルに引きずられて行った時、なんとガーデルマンは肋骨を三本骨折していた。
- 更にその撃墜された状況だが、機体が約100mの範囲に四散していて、後ろに座っていたガーデルマンがルーデルの遥か前方に投げ出されていたほどだった。
- ……ロースマンよりよっぽどかわいそうだとも思うが、そのうちに慣れたらしい。
- また医師資格を持ち、「スツーカ・ドクトル」と呼ばれていたが……実はただの医者ではない。専門分野は心臓・循環器なのだ。
- その為、右足を失い出血多量で意識を失いかけるという大ピンチに陥ったルーデルを、的確な応急処置によって救う事も出来た。
- その応急処置とは…「脚が無くなったら痛くて喋れるわけないだろう」「気絶している暇があったら操縦桿を引け」と大声で何度もルーデルを叱咤し、今にも気絶しそうなルーデルに何とか飛行を継続させて、帰還させる事であった。どう見ても「休んでいる暇はないぞ…」と出撃させられたときの仕返しです。本当に有り難うございました。
- でもまあ、それによってルーデルの命が救われたのは、れっきとした事実。そしてその後は、不時着し燃え盛る機体からルーデルを引っ張り出し、ぶっ飛んだ右足から噴き出す血を止め、世間一般で言う所のまっとうな応急処置も施している。
- しかし、ガーデルマンが懸命に止血をしていた時には、ルーデルはすでに意識を失っていた。ガーデルマンの努力を知ることはあったのか。
- 戦後は1972年のミュンヘンオリンピックで医学教授陣のチーフを務めるなど、世界的な名医として活躍。
- 1973年11月26日、ハンブルグでの公演中に心臓発作を起こし、そのまま亡くなった。
- 尚、最終階級は少佐である。
[編集] 関連項目
- エルンスト・ガーデルマン
- A-10 (攻撃機)
- シモ・ヘイヘ/舩坂弘 - 枢軸国の人外フレンズたち。ルーデル・ヘイヘ・舩坂の三人だけで小国一つは潰せるだろうというのが大方の見解である。
- メビウス1 - 大陸戦争時にエルジア軍の地上兵器を次々と破壊していった為、「ルーデルの再来」と言われている。(ただし彼の愛機はF-22)
- キリコ・キュービィ - ルーデルと舩坂弘の能力をあわせたようなアニメキャラ。単なる一兵卒のはずが、銀河系を二分する両陣営が手を組んで敵対する恐るべき存在に成りました。どう見てもやり過ぎです。ルーデルをモデルにするだけでも、ストーリーバランスが崩壊するのに…。
| ドイツ | |
| 地理: | ドイツ - フランクフルト - ベルリン - ハンブルク - ブレーメン - ミュンヘン - ハノーファー - ドレスデン |
| 人々: | ドイツ人 - ゲッベルス - カント - ゲーテ - ヘーゲル - アインシュタイン - ルター - エック - ベネディクト16世 - ハイデッガー - マルクス - ニーチェ - シューマッハ - ベッケンバウアー - エンデ - ケーラー - メルケル - キーボードクラッシャー |
| 軍事: | ルーデル - ハルトマン - ヴィットマン - カリウス - ヘッツェナウアー - シュライネン - マルセイユ - ビスマルク - ヒトラー - ヒンデンブルク - タイガー重戦車 |
| 言語: | ドイツ語 - ウムラウト - ウムラウト怪物 - エニグマ暗号 |
| 音楽: | バッハ - ベートーヴェン - ブラームス - ワーグナー - ヘンデル - ノミ |
| 歴史: | 第二次世界大戦 - ナチス - ホロコースト - ベルリンの壁 - チェックポイント・チャーリー |
| その他: | ビール - ウインナー - ドイツ無政府主義ポゴ党 |
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