上海市
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
上海市(しゃんはい)は中華人民共和国の経済を支える都市。「眠らない街」、「資本主義の街」、「海の上に浮かぶ空中都市」などと呼ばれている。実際に上海周辺地区は中国経済で全体の25%を占めているといわれている。
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[編集] 地理
長江デルタ地帯に位置しており、「上海」と地名に海がついているが、海は市街地から車で一時間以上走ったところにあるので上海からは海は見えない。上海タワーからでも見えない。というより、スモッグで見えない。地名は「上河」とすべきだろう(上海には黄浦江という河が横切っているので)。地盤のもろさのせいで近年高層ビルの建ちすぎにより地盤低下が深刻になりつつある。
[編集] 歴史
元々は漁場。村ができるのは唐になってからである。村人たちは魚を釣ることを生業としてきた。上海から少しはなれたところに下海(シアーハイ)と言われる村も存在している。もちろん、下海からは海は見えない。海の下に存在する海底都市でもない。中国政府が作っているかもしれないけど・・・
上海が本格的に歴史の表舞台に登場するのは1842年の南京条約が締結された後。条約港に認定された上海は急速に発展する。元々租界に与えられた場所は墓地で、村人たちは「外人は出て行け」と思いを込めて選んだのだが、しつこい欧米人は墓地にもかかわらず租界は形成された。1865年に香港上海銀行が設立されたことをきっかけに欧米の金融機関が続々と参入(上海版金融ビッグバン)。アジアの一大金融都市として栄華を極めた。上海を英語に訳すと「shanghai」だが、これには「だまして~させる」という意味がある。実際に上海の治安は当時あんまりよろしくなく、夜歩いていた一般人を無理やり酔わせて水夫にしていた。これは、上海が貿易港として急速に発展するに従って、水夫が不足し始めたので、その穴埋めのためにこのような犯罪が横行していたと思われる。
上海事変が勃発して・・・(中略)・・・人類革新連盟の統治下となった上海は後に国際テロネットワークのテロ攻撃を受ける。
改革開放を受けて、上海は外資を積極的に受け入れて(ただし、外資は地元企業と合弁しなければならない。要は、富は外資の独り占めにはさせないぞっと言う意味)、高層ビルがぼんぼん建ちはじめた。しかし、だんだん土地がなくなったのでついに、農地であり墓地だった浦東に手を出した。上海人は浦東についてこう語っている「あそこは、本当に何もなかったのになぁ」。
[編集] 政策
上海の二大コンプレックス、歴史が浅いのと首都になったことがない。杭州と言う人口643万の地方都市でさえ、首都になったことがあるのに・・・(上海の人口は1800万)。歴史と首都を作るべくさまざまな政策が採られている。
上海は中国経済を支える大黒柱なので、中国政府は何が何でも上海を守り通すつもりだ。噂によると万が一中国全土で洪水が起こった場合、水流を変えてでも上海を守るらしい。上海周辺地区が犠牲になるのは言うまでもない。ついでに、コピー天国で名高い中国だが、浦東にある建物に関してはコピーは絶対だめだ。建物は絶対ほかの建物とは違うデザインでないと建設許可が下りない。だから、私たちは(目には悪いけど)奇天烈な建物を見ることができるのだ。これは中国バブル高度成長期の史跡として残すための政策と思われる。
首都になるべく上海市政府は秘かに独立を画策している。少数だが上海の若者(プライドが高く、わがまま。要は厨房)は上海が独立すればもっと発展するはずだと思っている輩が居る。なぜなら、中国の農村部はまだ貧乏なので都市部がガッポリ儲けたお金はせっせと田舎に送金されるので「なんで田舎に金を送るんだよ・・・(怒」とキレる某都知事のように考える。まぁ、三国志フリークから見れば「やったぁ!これで中国に戦国時代が・・・!」。すいません関係ありませんでした。
[編集] 市民
彼らの気質は大阪人そのものだと考えればよろしい。大阪人が上海に輸入されたか、逆に上海人が大昔大阪に渡来して来たと思えるほど彼らは本質的に似ている。
彼らは誰が中国経済を支えているんだよ!という意識があるので、他の田舎モノ地方出身者を見下げている。ほかの人々(北京人、天津人、重慶人等々やや土っぽい方たち)から忌み嫌われているのは言うまでもない。ネガ・キャンの一環として、イモたちは連日、上海タワーのもとに集結し、記念撮影もとい、ゴミをばらまくわ、タンを吐き散らすわと景観破壊している。なんなの。
上海人の女は気が強く、上海女の需要は少ない(供給も不十分だが、需要には応えている)。さらに中国のいびつな男女比(一人っ子政策以降、その比率は7:3)のおかげで女子の親から見ると男は選り取り緑なので、上海出身以外の男が結婚したいと思っても(男が上海女を好きになるのはそれだけで正直考え物だが)「てめぇ見たいな田舎もんにわたしの娘を嫁に出せん」となる。
逆に上海人の男は優しい。料理、洗濯、なんでもできるまさに理想のハズバンド。もちろん、供給が需要に追いついていない状況だ。皮肉なことに上海男が何でもできるのは上海女が料理洗濯と何にも出来ないことにあるのだが…
[編集] 交通事情
中国は右側通行なので基本的に右折はしやすい(日本は左側通行なので左折しやすいのと一緒)。なので、交差点で右折したいときは赤信号でもしても良いと言う暗黙の交通ルールが存在する。もちろん、信号の意味は大阪のそれとよく似ている。青は進め、黄色は進め、赤はさすがに止まる。そして、彼らの運転は荒っぽい。いきなり車と車の間に割り込んでくるのは日常茶飯事である。そう、彼らはせっかちなのだ。本当に荒い運転をしているのに交通事故が少ないのは不思議でたまらない。
地下鉄は発達している。今、万博に向けて熱烈突貫工事中だ。粉塵や騒音で迷惑この上ないが・・・上海地下鉄の特記すべきは切符は全てICカード(日本より早く導入)。ホームに入ると、次の電車がいつ来るか、液晶画面でカウントダウンしてくれる。おまけに、時間きっかりにやってくる!海外では電車は遅れるのが当たり前なのにさすが、国際都市上海!と思ったあなた。チャイナを舐めてはいけない。必ず、落とし穴があります。
そのICカードを買うには、切符売り場の売り子さんに頼むか、自動券売機を使うが、驚いた事になぜか自動券売機はコインオンリー。紙幣が使える券売機はあるが、一駅に一台か二台。おまけに、券売機の故障率が高いのか使えない券売機は必ず駅に存在する。おまけに、券売機の使い方が分からない奴も居る。と言うことで、券売機より売り子のほうに長蛇の列が出来る。特に年配者は。
そうは言ったものの地上鉄は恐ろしいほどの過密スケジュールで運行していたこともあり1973年に修学旅行に来ていた日本のとある高校が正面衝突という大事故にあって死者生徒28名、教師2名という大変なことになったことがある。さらには賠償金が一桁少ないという中国側のミスがあり、そこを指摘されてもまた一桁少ない数字を出してしまったりで仕舞には学校側が遺族から八つ当たりを食らってしまった。KYな国のせいで俺らの授業料増えちまうじゃねぇか。(1973年の上海に地下鉄があるはずもないというのが、不幸中の幸いであった。)
[編集] 関連項目
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