手塚治虫

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

手塚 治虫(てづか おさむし)、昆虫 近畿周辺に生息し、主に小動物の死肉を食らう。突然変異で漫画を描く治虫が現れたこともある。

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目次

[編集] 人物

代表作は奇子、どろろブラックジャック火の鳥など幼すぎる少女をあられもない姿態で七転八倒させ、その腰つきのラインや丸みを帯びたやわらかそうな足、コケティッシュな表情を犯罪スレスレ(あるいはそのハードルを遥か飛び越えて)の粘着質な観察により活写する作品ばかりであり、もし登場する女性がきちんと社会的に女性と呼ばれる年齢に達した肉体の持ち主であることが稀に発生しても、多くの場合それらの「女性」は精神面に重大な瑕疵を負った精神的ロリータである場合がほとんどである。

いまだ萌芽を見せたばかりであった日本漫画界を思うままに支配し、人類が想像し得る範囲のあらゆるインモラルを描き散らした結果、不動の帝王たる地位を確保した。その作品はおおく体裁上ヒューマニズムを語ってはいるが、その行間からエロスの匂いを嗅ぎ取らないようでは健全な男性漫画読みとしては認められない。日本人の大多数にペドフィルを幼児期から植えつけた偉大なる合法的犯罪者といえよう。

また比類なき虫マニアであり、子供のころ自分でフルカラーの図鑑を作るほどであり、蟲師の異名も持つ。


[編集] 漫画家として

間違いなく日本最強いや、世界最強である。
全盛期には7本の連載を抱えながら、鉄腕アトムジャングル大帝といった全くジャンルの違う名作をものすごい速さで描き上げ、その上、教育マフィアPTA団との数十年におよぶ抗争の末に打ち勝った超人。かつて”共産党”と名乗る人物から脅迫状を貰ったこともある。
すごさがわからんゆとりワンピースコナンを連載しながらエヴァンゲリオンコードギアスの制作に関わりながら、創禁則事項です会と遣り合ったと言えば少しは想像できるか?
以下にその神の能力の片鱗を記す。
注:アンサイクロペディアは、嘘と出鱈目にまみれています。
ここに書かれた内容も嘘や出鱈目である可能性が高いです。
…と、言いたい所ですが、アンサイクロペディアにあるまじき事態なのだが……以下の逸話は全て事実なのである。
他に信じられない例としては、ルーデルとかシモ・ヘイヘとか…何? そういうのとは全然違うって?! いや、そうなんだけど、これも事実なんだって!

[編集] 特殊能力

  • 鉛筆で下書きせずにペン入れは当たり前。お前は岸辺露伴か。
  • フリーハンドでヘタにコンパス使うより正確な円を描ける。揺れるタクシーや電車の中でもかなり正確な直線を引ける。
  • そのタクシーや電車のなかで原稿を仕上げる。
  • まったく画風の違う新人が自分の漫画を見て貰おうと持ち込みすると、「これなら僕にも描けるよ」と言いつつ、本当にその場で模写してみせる。
  • 大友克行と初めて会ったときも「君の絵を虫眼鏡で見てみたけどどこもデッサン狂ってないね。でも僕にも描けるよ」と言って呆れさせた。
  • しかし諸星大二郎の絵だけは真似できず歯噛みした。
  • 早いときにはブラックジャック一話分のネタ出しから原稿上げるまでを24時間そこらで済ませていたという。やっぱり岸辺露伴だ。
  • FAXが無かった当時でも海外からアシに電話で背景を描かせることができた。
  1. 「ここの背景は○号前のブラックジャックの×ページ△コマ目のと同じの描いてください」
    自分の原稿を相当緻密に記憶していたようだ。
  2. 原稿用紙に3ミリ間隔で升目を引いてタテヨコの線に番号を振らせ、座標を指示
    手塚に指示された座標を線でつないでいくと見事に絵ができたという。
  • 当然こんな描かせ方をしたときは国際電話料金で原稿料は吹き飛んだ。

[編集] 逃走劇

  • 編集から逃げ出して旅館に潜伏していたときのこと。手塚は女将に、自分を訪ねて来る者がいても知らぬ存ぜぬで通してくれと言い含めていたが、「自分は刑事だ。ここに犯罪者が潜伏している可能性がある」と女将を騙して乗り込んできた編集に捕まった。
  • 手塚番にされた編集者は、編集長から常に数十万の現金とパスポートを携帯するよう言われたという。たまにトイレにいくふりをしてそのまま国外逃亡することがあったからである。
  • トンカツ屋で編集に見つかったとき、他の客が見ている前でテーブルの下に身を隠した。
  • 手塚がとあるビルを仕事場に決めた理由は、部屋から直接非常階段で外へ逃げられるから。
  • 洋画「第三の男」が流行っていたとき、編集に捕まるとその映画の物真似をして誤魔化した。

[編集] 名言&迷言

  • 水島新司に対して「君は野球ばっか書いてていいね」と言ったらしい。つまりこれは水島氏がマンネリ化に落ちうることを示唆したと思われる。
  • 小松左京との対談に4時間遅刻したときの言い訳は「大阪空港で飛行機が爆発した」
  • 一週間以上泊まり込みで原稿を待っていたのに、ついに入稿に間に合わせてもらえなかった編集者がブチ切れて原稿を窓から放り捨てると、手塚は泣きながら「ボクだって大学出てるんだから!」と意味不明なことを叫んだ。

[編集] 奇行・蛮行

  • 締め切りが迫っていようが自分が納得いかなければいくらでも書き直す。あるとき原稿の感想を求められた編集者がさっさと終わらせてもらいたいあまりお世辞を言ったら、「こんなの面白いわけないじゃないか!」と叫んで原稿を破り捨てた。
  • 晩年ガンで入院中に、製作中のアニメを監修すべく病室にプロジェクターを持ち込もうとして医者に止められた。
  • そして意識不明になっても、意識が戻るたびに「漫画が描きたい」「鉛筆をくれ」とか言ってた。最期の言葉は「頼むから、仕事をさせてくれ!」だった。
ネオ・ファウストグリンゴの最後見れば死に際まで漫画描いたことが分かるから一回読め(序にルードウィヒ・Bも忘れるなよ
  • ネタに詰まるとアシに無理難題を押し付けて時間を稼ぐ悪癖があった。酷いときにはスクリーントーンを手で描かせたという。
  • 漫画家と平行してのアニメ製作は多忙を極め、あまりに忙しすぎたせいか虫プロスタッフを集めて「労働組合を作ろう」などと狂ったことを言い出した。労組が出来た場合、打倒すべき経営者は言うまでもなく彼本人である。
  • アシスタント制を漫画に初導入、Gペンを取り入れ、スクリーントーンを初めて漫画に使った。つまり、手塚がいなければ今日の漫画は存在しないと言っていい。
  • よく「富樫義博や貞本は手塚を見習えよ。」と言われる。彼らを擁護するつもりはないが、神様が相手では比較になるわけがない。せめて人間と比べなさい!!
  • 数多くの名作を描いてきたが、その一方で駄作も数多く描いてきた。ひょっとしたら名作よりも駄作の方が多いのかもしれない。ってこまけぇこたぁいいんだよ!!
  • 日本で始めてテレビ放送用のアニメを作った。この時、財政が火の車でアニメーターの給料が安く、今日に至る彼らの窮状を作ったと罵られる事もあるが……。
一応弁護しておくと、安価でもテレビ放送用のアニメが作れると証明しなければ日本にアニメは根付かないと思ってのことだったらしい。また制作費の足りない分は自分の懐から出していた。そして破産した。
ガンダムの生みの親である富野曰く「30そこらの男が若い連中集めて日本で初めての事をやる! 後先の事なんか考えてるわけないじゃないか!」との事。凄まじい行動力と熱意だったのは間違いあるまい。
  • 一度破産しても借金返し終わると懲りずにまたアニメに手を出した。理由を聞かれると「マンガは本妻、アニメは愛人。愛人にはいくら金がかかってもしょうがない。」
  • 末期のロリコンショタコンケモナーであり、この性質からあらゆる世代の変態を魅了してやまない。

[編集] 医学者として

色々大変だったらしい。

医学生の頃、ダンスホールのチケットなどを報酬に看護婦にアシを頼んでいたが、 程なくして「手塚が宿直のとき看護婦を集めて一晩中何かやっていて、朝になると看護婦たちが疲れた顔をして出てくる」という噂が流れるようになった。


カルテにマンガを描いていて、「君は医者になったら患者を殺しかねない」「医者にならないと誓えるなら卒業させてやる」などと言われたとか。

昭和36年、当時最先端の電子顕微鏡が奈良県立医科大学に導入されたと耳にした際には、コネ(人脈)と知識(医学)と腕(デッサン力)をフル活用。電子顕微鏡で遊び倒し、そのついでに論文を発表。医学博士号を受け取った。ちなみに研究は「タニシの精子について」だった模様。

[編集] 関係人物

[編集] 漫画作品

[編集] 関連項目


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