梶井基次郎
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
梶井 基次郎(かじい もとじろう 1901年2月17日 - 1932年3月24日)は、帝国時代の日本の小説家である。根気がなかったのかなんなのか、短い作品ばかりだが妙に評価が高い。みんな退廃と耽美が好きらしい。でも、本人の顔はゴリラ似。
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[編集] 作品
丸善をレモンで爆破する妄想、桜の木の下に死体が埋まっているという妄想、ネコの耳を穴あけ機でばちんとやる妄想、自分の持病である肺結核への愚痴などを短いが詩的な文体で美しくまとめている。そんなことを書く本人の顔はゴリラっぽいのだが。
ちなみに、残された作品は全てが短編である。著作権は消失しているので青空文庫で読める。全部集めても文庫本一冊程度であり、読書感想文を書いても特に怒られないので、夏休みの宿題にはうってつけである。病人が丸善を爆破する妄想にとりつかれているところの描写の感想で原稿用紙を埋める能力があれば、の話だが。
[編集] 人物
大阪生まれ。かの折田彦市で有名な旧制第三高等学校(今の京都大学)を卒業後東京帝国大学に入っている。高校は理科甲類であったにもかかわらず、在学中に文学に目覚めて大学は文学部だったというのだから相当のインテリである。ゴリラ顔だけど。
また、そんなエリート中のエリートと言っていい経歴や作品の美しさとは裏腹に、ゴリラ顔のせいか相当の荒くれ者であったそうである。よってラーメンの屋台をひっくり返す、ケンカしてビール瓶で殴られる、家賃を滞納して下宿から夜逃げする、料亭の池で鯉を追いかける、風貌に無頓着で散髪しないために友人が金を出し合って無理矢理散髪に行かせる、自分で「童貞を捨てさせろ」と友人にすごんで遊郭に連れて行かせたくせに、後日その件に関して恨みがましくねちねちと文句を言い続けるなど、むちゃくちゃである。
結核にかかっている病人がそんな無茶をしたら当然早死にする。あまりにも生き急いだ天才だったのかもしれない。これで品行方正で病気もせず、ゴリラ似の顔でもなくまともな生活をして長生きをしていたら現代にまで残る作品群はなかったのではないかと思われる。
[編集] 作品リスト
梶井基次郎が残した作品は20ある。
- 檸檬
- 城のある町にて
- 泥濘
- 路上
- 過古
- 雪後
- ある心の風景
- Kの昇天
- 冬の日
- 櫻の樹の下には
- 器樂的幻覺
- 蒼穹
- 筧の話
- 冬の蠅
- ある崖上の感情
- 愛撫
- 闇の繪巻
- 交尾
- のんきな患者
- 橡の花
である。このうち中央公論に掲載された「のんきな患者」を除く他の全ての作品は同人誌で発表されている。
つまり、梶井基次郎はものすごく評価が高いが1同人作家と言う、どこかで聞いたような存在なのである。