足利義昭

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

これは余の実物じゃ。
これは余の実物じゃ。
これぞ余の肖像画だ。…なんか少し小さいな。
これぞ余の肖像画だ。…なんか少し小さいな。
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足利 義昭(あしかが よしあき、1537年12月5日 - 義昭は不死身じゃ! 死んだりせんわ!)は、織田信長と争って日本を追放され、エジプトとかトルコを放浪してツタンカーメンの棺やオリハルコンなどのオーパーツから神の力を吸収して大魔術師になり新生室町幕府を作り上げた室町幕府最後の将軍。喜怒哀楽豊かな道化師として足利将軍15代の内で最も知名度が高く、宿敵織田信長の生涯を鮮やかに彩った戦国のキーパーソンである。ブッダイエス・キリストですら及ばぬほどの高徳とカリスマ性を備えており、比叡山を焼き払い浅井朝倉武田を悉く族滅した信長でさえ、遂に彼をその手にかけることはできなかった。

目次

[編集] ラストジェネラル、その人となり

曲芸、黒魔術に精通しており、玉乗りやナイフ投げ、綱渡り、パントマイム、死ぬ死ぬ詐欺などの腕前は神業の領域に近く、ドナルド田代まさしジョージ・ウォーカー・ブッシュと並んでピエロ四天王に名を連ねている(ちなみに、義昭がリーダー格である。他の三人は義昭と比べるとまだ道化として未熟)。また速筆でも知られており、信長包囲網の際、打倒信長を促す書状を1億通以上も肉筆で書くと言う、ギネスブックに掲載される人でも到底真似できない所業をやってのけた。義昭の書いた書状は諸大名どころか全世界に送られ、結果織田信長の知名度を爆発的に上昇させた。

織田信長打倒に燃える執念は並大抵の者ではなく、全国の日本人が織田信長を嫌いになるように信長の悪評、ネガティヴキャンペーンを徹底的に流布している。信長の残虐性を伝えるエピソードの中には、義昭によって脚色、誇張、捏造されたものも数え切れないほど多少なりとも存在する。信長の評判を落とすためなら身も心も惜しまず奔走する所に彼の執念が滲み出ている。信長をぎゃふんと言わせるためなら名家の誇りをかなぐり捨てて下郎に哀願もすれば、脅迫やテロなどの犯罪行為も辞さない。彼にとっては、自らの矜持よりも信長の不幸の方が優先されるのである。義昭の信長に対する妄執は、歪んだ愛情であったのかもしれない。街灯で義昭がカバに跨り信長に対する罵詈雑言を垂れ流している姿が頻繁に目撃されており、他にも民家一軒一軒に信長包囲網への勧誘電話をかけたり、打倒信長のピンクチラシを電信柱などに貼り付け、コンクリートの壁一面に「信長氏ね」と落書きして警察のお世話になったりしている。ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタとは、お互いに屁の音を聞いただけで判るほどの仲であり、蒼海の如く深くて塩辛い友情で結ばれている。現在、二人でラピュタの雷で安土城を狙い撃ちにする計画を画策中とか。

[編集] 経歴

[編集] 出生の秘密

室町幕府13代将軍足利義輝の弟として宿敵、織田信長より3年後に生まれる。生まれた時東の方角を向いて「ふゆかいぢゃ!」と叫んだと言う。既に彼は信長の邪気を生まれながらに察知しており、義昭と信長は生まれながらに相反する存在で争う宿命にあったと言える。赤子の頃から義昭は神々しい暁光を放っており、蓮の葉の上に座らせたところ、ブッダと見分けが付かなかったと言う。赤子の義昭が大声で泣くと、畑一面にトリカブトの花が咲き、鶏が金の卵を産み、ツチノコが大量に人里に現れる天変地異が起こった。人々は義昭こそがこの荒れ果てた乱世を救う英雄ではないかと噂した。義昭は2歳にして「東方より悪鬼羅刹来たる」と、第六天魔王織田信長の来襲を予言し、尾張遠征をしつこく主張したが、父足利義晴や幕臣達には受け入れられず、気違いと見做され精神病院に入れられる。5歳の頃既に反抗期であり、自分を精神病棟に入れた父に対しての怒りややがて尾張より来る魔王に対して何ら無関心な世間に対する絶望から盗んだ軍馬で家出、義昭が盗めばただの馬も聖なる神光が宿るのか、その馬はペガサスとなって義昭を遥かシルクロードまで運んだと言う。無論帰り道も知らず迷子になってしまった義昭は手当たり次第でアマゾンまで行ってしまい、最後は網に捕らえられていたところを助けたウミガメの背中に乗って太平洋を横断し日本に帰還したと言う。これにより義昭は世界で始めて地球を一周した人物となったが、白人至上主義の毛唐共によって彼の功績は抹消されてしまった。尚、海外での放浪中義昭はキルロイと言う偽名を名乗り、あちこちに己が訪れた痕跡を残すため「キルロイ参上」の落書きを残していったと言われる。

帰還した義昭を待っていたのは父義晴による百万回の尻叩きであった。いかに義晴が義昭の身を案じていたかが伺えよう。兄の義輝もこの時は義昭をうらやんだと言う。それから数年後、兄義輝が松永久秀らによって暗殺されたため朝倉義景を頼って逃れ…と言うのは彼の仕立てた巧妙な茶番であり、実際は彼こそが義輝暗殺事件の黒幕であり、これはつまり義輝が信長と似た気質を持っているためたとえ兄弟でも粛清の対象になったと思われる。

[編集] 邂逅、そして対決

その後、因縁の相手である織田信長と宿命の邂逅を果たすが、この時義昭はホームシックに陥っており一刻も早く京都に戻りたがっていた。郷愁は敵対意識をも圧倒し、上洛を目指す信長と一時的に手を組んだ。しかしこの時義昭も信長も、薄々自分達の宿命に気付いていたかもしれない。

信長の協力を得て上洛した義昭は、従兄弟の足利義栄を追っ払って15代将軍になったが、バナナはおやつに入るのか入らないのかと言う価値観の違いから信長と仲違いを起こし決裂。義昭は武田信玄朝倉義景浅井長政毛利輝元本願寺顕如らとお手手つないで友達の輪を作って信長を包囲したが、即席で作った友達の輪などまともに機能する筈も無く、リーダー格であった武田信玄が病死したことにより包囲網は瓦解する。武田信玄の突然の訃報を耳にした際、義昭は「将棋において、飛車や角が突然の病と言う原因で盤面上から忽然と消滅することは有り得ない」と錯乱状態で叫んだとされる。室町幕府一の策士が創案した壮大な包囲網が音を立てて崩れ落ちる瞬間であった。

やがて浅井、朝倉らも信長に各個撃破され義昭も窮地に追いやられる。しかし室町御所に押しかけてきた信長に対して全く同時もせず「余の首取れるものなら取ってみろ」と啖呵を切ったと言われる。義昭の威容に信長も竦んだのか、結果、義昭は追放処分で許される。義昭はその後お人よしの毛利輝元の庇護を受け、彼の元で打倒信長の作戦を練り、忌まわしき信長を誅殺するための兵器開発も行っていたと言う。

[編集] 義昭は死なず

1582年、信長が本能寺にて横死し、義昭の悲願が達成される。汚名挽回をモットーとする義昭が何の行動も起こしていなかったとは考えられず、本能寺の変には義昭が関与していた、黒幕であったと言う説は多くの歴史家(及び歴史学者気取りの暇人)が唱えており、義昭が「あー早く信長死なねーかなー」言いながら蹴飛ばした小石が京都まで飛び信長の顔面を直撃した、義昭が流れ星に「信長が死にますように」と願ったところ、その流れ星が本能寺を直撃して信長もろとも灰燼となった、義昭がくしゃみをした際に放出された鼻水が鋭い弾丸となって京都まで届き信長の心臓を貫通したなど諸説ある。しかし、信長の死によって人生の意義を失ってしまった義昭は、まるで枯れ木のように精力を失ってしまい、世捨て人も同然となる。信長の後をついで天下人となった豊臣秀吉は、征夷大将軍の座に治まるべく義昭に自らを養子にしてくれるよう願い出るが、「神聖なる征夷大将軍の位を猿が受け賜るなど言語道断」と一蹴している。義昭は深閑と余生を送る事も考えたが、ある日、ダンテの「神曲」に触れて地獄の存在に興味を抱き、信長が地獄に落ちてサタンの責め苦を受けているのを見届けたいとの願望が再び義昭を活気付けさせる。また宣教師アレッサンドロ・ヴァリニャーノから外国も日本と同様に大航海時代と言う戦国乱世のようなカオス状態にあると聞いた義昭は、海外に室町幕府を再興する野望を抱くようになる。義昭は渡航の術として舟などと言う途方もない時間を要する方法を選ばず、野性のヒトデマンを捕まえ波乗りでギリシャ、オスマントルコまで渡った。途中、ヒトデマンは珊瑚礁の間に挟まっていた水の石に接触してスターミーに進化、結果半日で義昭はギリシャまで辿り着いた。波乗りの最中義昭は魔道の力に目覚め、魔法の試し撃ちで大陸一つを沈没させる。おそらくこれがムー大陸であろう。どうやら義昭はなみのり中にスターミーと交尾したことによりエスパータイプになっていたらしく、義昭は童貞であったがゆえ魔法使いになれる可能性を秘めていたと思われる。

その後義昭公は当時一大勢力を築いていたオスマントルコ帝国に拾われる。一流の文化人である義昭は笛の奏者として皇帝に近づいた。その旋律で皇帝を魅了して信頼を得、遂に本性を現して帝国皇帝を暗殺、帝国を乗っ取って新生室町幕府を築き上げた。皇帝を暗殺する時、義昭は皇帝の耳元で渾身の力を込めて笛を吹くことで生じた金切り声のような狂音で皇帝をショック死させたと伝わる。美しい音色を醸し出す楽器さえも殺人兵器として流用する義昭は、暗殺者としてデューク東郷をも超越したと言える。その後義昭公は狡猾な知恵と魔法を駆使してはアジアの国々を次々と我が手に収めてゆき、超大国新生室町幕府を揺るぎ無いものにした。現在ではオダ・ノブナガとして蘇った信長と再び雌雄を決する時を伺っている。

ちなみにウィキペディアに日本を追放された後の義昭公の経歴を書こうとすると十中八九削除される。これは室町幕府の圧力が掛かっているからとも、室町幕府と日本の関係を遮断しようとするワンチンロシア辺りの陰謀ではないかとも言われている。詳細は検閲により削除

[編集] 君は牛を二頭持っている(足利バージョン)

  • 君は牛を二頭持っている。織田信長は君の牛を二頭とも取り上げて京から追放する。
  • 君は牛を二頭持っている。君は有力武士にせがまれ、ミルクを均等に分ける。次第に取り分が地方の有力な守護大名が多くなり、君の取り分が少なくなる。
  • 君は牛を二頭持っている。地方で自立した戦国大名は君の牛を強奪していく。

[編集] 織田信長が倒せない(足利義昭版エアーマンが倒せない)

気がついたら信長の奴がシキってる 将軍の俺を差し置いて

諦めずに政権の奪還挑戦するけど すぐに鎮圧される

上杉謙信来れば 楽に信長蹴散らせるけれど

何回やっても 何回やっても 織田信長倒せないよ

あの焼き討ち何回やっても防げない

全国の大名炊きつけみても いずれは撃破されていく

武田信玄出撃したけど 死んでしまっては意味がない

だから次は絶対勝つために 僕は朝倉だけは最後まで取っておく

気がついたら 全面包囲されてた

そしていつもそこで頭下げる

諦めずにあいつの留守を狙ってみるけど すぐに駆けつけてくる

近代兵器があれば 楽に信長討伐できるけど

何回やっても何回やっても 織田信長倒せないよ

あの攻撃何回やっても防げない

本願寺が蜂起してみても いずれは降伏させられる

自分で独立試みてみても 追い出されては意味がない

だから次は絶対勝つために 僕は暗殺だけは最後まで取っておく

自分の軍隊あれば 道は少しだけ開けるけど

何回やっても何回やっても 織田信長倒せないよ

あの焼き討ち何回やっても防げない

周辺大名は 弱腰姿勢でまともに勝負になってない

信長包囲網 作ってみても バラバラだったら意味がない

だから次は絶対勝つために 僕は光秀だけは最後まで取っておく

[編集] エクストリーム信長包囲網

戦国時代は日本史上でも特にエクストリームスポーツが盛んだった時代であるが、 中でも最大規模のものが義昭の開催したエクストリーム信長包囲網である。 その競技内容は魔王と恐れられる織田信長に色々いけないいたずらをして反応を楽しむものであり、より怒らせた者が勝ちである。 義昭による強引な勧誘もあって参加者は多く、非常に賑わった。 その結果、茶釜を抱えて爆死した者鉄砲隊でフルボッコされた者鉄甲船でフルボッコされた者信者を皆殺しにされた者一族郎党磔にされた者ノコギリでスライスされた者よく分からん雑兵に殺された者便所で死んだ者薄濃にされたり薄濃にされたり薄濃にされたりする者が続出。さらには上記の一向宗以外からも宗教関連者からの参加があり、豪快に炎上して盛り上げ、非常にレベルの高い競技となった。

ただし、やり過ぎて殺してしまうと失格になり、その場合三日以内に抹殺される。

[編集] 功績

  • で、結局コイツ何したんだっけ?
    • そういえば、戦国時代はコイツが生まれてから始まってコイツが死んで終わったんだっけ?
「そうじゃ!つまり信長などではなく余こそが戦国の風雲児なのじゃ!余がいなければ戦国時代も無かったと言う事じゃ!もし余がいなければコーエーも今頃ネオロマンスで細々と食い繋いどったじゃろうな」
~ 自らの功績 について、足利義昭
  • え?違う?何だ勘違いか。
    • というわけで、残念ながらコイツの功績はありません。
「ええい!お前はもう一度歴史を勉強し直さんかい!ついでに言うと、三島由紀夫は天皇陛下万歳と言って切腹したのではなく、「我が首を足利義昭公への供物とせん」と言って切腹したのじゃ。これ、まめちしきな。」
~ 自らの功績 について、足利義昭

[編集] 各界からのコメント

「義昭いいいいい!貴様だけは絶対許さああああんんんん!!!!」
~ 足利義昭 について、足利義輝
「こやつはクソじゃ!!俺の力を借りて京都に上り詰めたと言うのに、京都に着いた途端、俺に刃を向けるとは全くのクソじゃ!!」
~ 足利義昭 について、織田信長
「この人の世話するのホント疲れた…」
~ 足利義昭 について、細川藤孝
将軍にしては風格なさすぎってレベルじゃねーぞ!!
~ 足利義昭 について、モノウ・ルッテレ・ベルジャネーゾ
「始皇帝に孔明よ。そもそも主君がアホなのは親父や宰相に問題があるのだ。たわけどもが!!」
~ 足利義昭 について、朱元璋
「公方様!あなた様の兵を50人お救いいたしましたぞ!」
~ 足利義昭 について、古田重然
「この者のように独り身で流浪の晩年を生きるほど虚しい事はあるまいて。多くの一族同胞が末路を共にしてくれただけわしは幸せじゃのう」
~ 足利義昭 について、北条高時
「こやつの見苦しい抵抗に比べたら、俺の敵前逃亡のほうがまだ空気読めてるこういだよね」
~ 足利義昭 について、徳川慶喜
いや、それはない
~ 慶喜の発言 について、小栗上野介
「あんたバカね、幕府潰しちゃうなんて。あれほどお金を貯めておきなさいと言っておいたのに!」
~ 足利義昭 について、日野富子
「おおっと、その間抜けっぷり、日本じゃあ二番目だ!」
~ 足利義昭 について、早川健
うつけっぽい。」
~ 足利義昭 について、うじゅ