青ガエル
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
青ガエル(あおがえる)は正式名を5000系電車(5000けいでんしゃ)といい、東京急行電鉄(東急)率いる集団が日本の征服を目指して昭和の高度経済成長期に投入した物体の輸送を目的とするロボット兵器のことである。
[編集] 車両概要
この兵器はその名の通り、電車という輸送機器の一般的イメージである直方体とは異なっていて曲線形状を採用し、前面は完全にカエルの形状をしている。
そのデザインは登場時、洗練されたデザインであるとして世間の注目を浴び、五島慶太の流れを引いているから、ドケチで電車の質が劣っていると古くから評判だった東急のイメージを、かなり変化させたと言われている。
この電車を投入した背景には、東急総帥の五島昇が父親の五島慶太の残した負の遺産を清算し、改めて多摩地方を中心とした全国に「東急王国」を築きあげよう、という目論見があったといわれている。
それゆえ電車の動力機も当時では珍しかった駆動方式(直角カルダン駆動)とし、更には車両の重量の支え方なども従来とは全く異なった構造にするなど、当時は未来人や宇宙人の乗り物ではないかと疑われるほど奇抜な設計・デザインを採用した車両となった。しかし電車の極度軽量化やモーターの節約など、ドケチ性が残された部分もいくらか存在した。
その当時の電車の常識を覆す斬新な発想な裏には、アメリカ(航空機のそれ)やある星の技術供与があったといわれており、東急は実はかれらの手先になっているのではないか…という陰謀説も昔流されたりしたが、今となっては真偽は不明である。
[編集] 電車の経緯
昭和29年から34年まで青ガエルは継続して製造されたが、さすがに数十年も使用していると経年劣化が目立ってきた。更にこの電車は軽すぎて強度が足りず、冷房化ができないという致命的な欠陥があり、昭和末期に東急ではお役御免となる。
しかし捨てる神あれば押し付ける拾う神ありで、昭和を経て東急の手先となっていた全国各地の私鉄が車両の老朽化で悩んでいたことから、そこの近代化計画の一環でこのカエルを譲渡させることに成功した。
その譲渡先ではカエルは様々な変化を遂げた。某文化に倣って平面ガエル(上田交通)や赤ガエル(長野電鉄・岳南鉄道)に変化したものもおり、第一線を退いてからも個々地域に根ざす形で、東急の文化すなわち侵略精神を日本中に広めていたのである。
だが日本中に広がった仲間も、耐久限界が来たことから日比谷線出身のマッコウクジラなど、後継機に役目を譲って、ほとんどは破棄処分となった。しかし熊本市では、ここ出身のカエルの漫画を書く人への敬意を示す目的もあり、彼の漫画の主人公と同種の色に塗装を変更した上で、動態保存の形で2両が未だ現役である。
なお、渋谷の駅前でも1両がその精神を受け継ぐ目的で展示されていたが、昨今になって胴体が切られてさらし首となってしまった。東急の規模拡大から整理・縮小への姿勢変化を象徴しているかのようである。
また兄弟として湯たんぽのコードネームを持つ5200系もあったが、こちらは上田交通以外には譲渡されず、青ガエルの5000系ほど所期の役目を果たせたとはいえなかった。
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